三角縁神獣鏡

徹底的な追究を期待

 三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)という日本の古墳から出土する銅鏡が、初めて中国で出土したとする報告が現れ、関西を中心に報道された。事実なら、古代史最大の謎、邪馬台国(やまたいこく)所在地論争を左右する発見だ。しかし、出土状況が不明なため、資料価値を全否定する見解もある。私も最初そう思ったが、興味深い論争を一歩前に進める機会になるかもしれないと考えを変えた。

日本の三角縁神獣鏡。黒塚古墳(奈良県天理市)で出土したうちの一枚。直径22・5センチ=西川寿勝氏提供

資料価値に問題、学者は見解対立

 三角縁神獣鏡は縁部の断面が三角形の鏡。倭(わ)国(邪馬台国はその都)の女王卑弥呼(ひみこ)の鏡との説もある。「魏志倭人伝」によると、3世紀、卑弥呼は中国の魏に使者を送り、贈り物をもらった。そのリストに「銅鏡百枚」があり、魏の年号入りの品もある三角縁神獣鏡を指すとみなす。

 近畿地方中心に分布する鏡なので邪馬台国畿内説の論拠なのだが、弱点がある。500枚以上も見つかって「百枚」を大幅に超えている上、肝心の中国から一枚も出てこないのだ。このため国産鏡説も根強く、「銅鏡百枚」候補は別の鏡だと考える。仮に中国での出土が確認されれば、長年の製作地論争を中国鏡説に導く注目の鏡であるわけだ。

 今回の報告のきっかけは、2014年12月に中国河南省の研究者兼コレクターが研究誌に発見を掲載したことだ。大阪府教委文化財保護課の研究者、西川寿勝副主査が昨年11月、現物を調べた後、広く日本に紹介した。09年以前に同省の洛陽(らくよう)(魏の首都)近郊で農民が見つけ、骨董(こっとう)市に出されたのを研究者が入手したという。不明瞭な経緯だ。

 先日、この発見をめぐるシンポジウム(邪馬台国の会主催)が東京であった。西川氏は、細部の形状や技法まで日本の出土品と比較した結論として、「日本で発見される三角縁神獣鏡と同じ人がつくった一枚」と断言した。

 また、「日本の出土品が持ち出され、中国の骨董市場に出たのでは」という当然浮かぶ疑問には、「鏡面のさび方が、水分が多い酸性土壌の日本の鏡とは違う。乾燥地帯の洛陽地方出土の他の鏡と共通している」と反論した。

 一方、国産鏡説の安本美典・元産能大教授は「捏造(ねつぞう)鏡だろう」と酷評した。安本氏は中国での偽物作りの巧みさ、市場の大きさなどを強調し、日本の出版物で三角縁神獣鏡のデータを参照すれば、簡単に偽造できると説明。その上で、「中国にも出土地や時期がわかっている鏡が1000枚はある。それを研究に使うべきだ」と批判した。

 捏造か否かはともかく、後段の主張には説得力がある。というのは、資料の信用性に関し、日本の考古学者は痛い経験をしたはずだからだ。00年の旧石器発掘捏造事件の後、発掘現場では石器1点ずつの写真撮影はもちろん、位置や傾きなどの出土状況を綿密に調べ、記録している。

 さらに、03年に提起された弥生時代の開始を500年早める論争でも、発掘資料の出土状況が問題にされた。新年代に従うと、弥生時代初めの福岡県・曲(まが)り田遺跡出土の鉄器の年代が中国の鉄器の普及より早いという矛盾を生む。新説への有力な反証だが、新年代論者は「写真や図など、出土状況の記録が報告書にない」と曲り田鉄器の価値を否定し、新説維持を図った。

邪馬台国の論争、前進める機会に

 こうした研究の現況をみれば、出土状況を説明できない鏡の1点など取り上げるに値しないとの議論はありうる。

 この点で西川氏は、考古学の方法論には精緻さのレベルが異なる手法が複数あると解説し、「今回は出土状況の対比ではなく、日本の三角縁神獣鏡と製作技法の細部を比較し、共通点が多い実態を示した。オーソドックスな方法論に基づく結果」と述べる。

 確かに厳密な発掘による資料だけが考古学の材料ではない。私も骨董品店で著名な考古学者と鉢合わせし、「(骨董品も)研究に必要」と聞いた経験がある。西川氏も、旧家に伝わる来歴不明の鏡に関し、出土状況の詳細を追跡する作業を地道に続けてきた一人だ。

 そこで、期待したい。今回の鏡の意味を多数の研究者の目で徹底的に分析・追究するのである。というのも、考古学界では、せっかくの論争が中ぶらりんに停滞するケースが結構あるといえるからだ。発掘捏造事件では、「研究者の石器を見る力の向上」の提案が立ち消えになった。弥生の新年代でも、異論反論が解消されずに十数年たった。三角縁神獣鏡の産地論争は互いの言いっ放しに陥ってほしくない。

 今回、中国側は問題の鏡の分析で、日本の国家機関の参加を望んでいるという。中国鏡説の他の研究者は、西川氏に果敢に協力してはどうか。本当に使える資料なのか、明白な結果が出るまで、西川報告の価値を凍結するのは当然として。